幹 周 5.2m(現地案内板より)
撮 影 H16年6月
ここは愛宕神社よりも、「藤里毘沙門堂」という呼び名で知られているかもしれない。
境内に7m級の大杉が2本もあるため、これほどの幹を持ちながら主役ではない。並び立つ「湯桶杉」に遠慮したのだろうか、横に展開せず、負けまいと競って上に伸びたようで微笑ましい。
実は当初ここに寄る予定はなかったのだが、胆沢城址にある「鎮守府八幡宮の杉」を見た折、宮司さんから、
「これより大きな杉が江刺区の「戸隠神社」にある」
と教えていただき、そこに向かう途中で、たまたま有名な藤里毘沙門堂が近くにあることを知り「木造兜跋毘沙門天立像(国重文)」を観ていこうかと思ったのであった。
前々日に、東北巨木調査研究会の高渕会長と「三頭木信仰」について車中で話した際に、シヴァ神や毘沙門天の「三叉戟」の話も出たので、毘沙門天が気になっていたのだ。(今は「三頭木」のルーツについて気づいたことがいくつかあるが、それはまた後の機会に)
岩手県は、密教では北方を護るとされた毘沙門天(四天王の中では多聞天)の宝庫と言ってよい。
三熊野神社の成島毘沙門堂(花巻市東和町)には4.73mと日本一の大きさを誇る「兜跋毘沙門天立像(国重文)」、立花毘沙門堂(北上市立花)の「木造毘沙門天立像(国重文)」、奇祭「黒石寺蘇民祭」で有名な黒石寺(奥州市水沢区)の「木造四天王立像(多聞天=毘沙門天)」、坂上田村麻呂が108体の毘沙門天を祀ったといわれる達谷窟毘沙門堂(西磐井郡平泉町)、そしてここ藤里毘沙門堂の「木造兜跋毘沙門天立像(国重文)」が一日で見て回れる範囲内にあるのだから。
しかしやはり予約が必要だったようで、無人のため宝物庫も開かず、残念ながら観ることはかなわなかった。
ところが・・・まったくノーマークだったこの場所に見逃せない巨木が3本もあったのである。もし知っていれば今回の旅の初日に大迫町の巨木の里と「戸隠神社のスギ」もあわせても十分に回れる範囲内だっただけに、東北巨木調査研究会のみなさんには残念なことであった。
2日前に大迫町の「上住郷の榧(かや)」を見た印象が、いくつもの幹が根本近くから展開し広く枝を広げる木だったのに、ここはまったく杉のような一本の立木だったので、樹種が違うのではと感じた。
杉の7m級も大関クラスで見事だが、希少価値からいうとこちらのカヤの方が上かもしれない。それだけに、木材などを立てかけられて、管理者におざなりに扱われている姿はちょっとかわいそうに思えた。
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